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福島地方裁判所郡山支部 平成4年(ワ)283号 判決

主文

一  被告は、原告甲野太郎に対し、金二四八五万四四五〇円及びこれに対する平成三年四月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告甲野花子に対し、金二四八五万四四五〇円及びこれに対する平成三年四月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告らのその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は、これを二分し、その一を原告らの負担とし、その余を被告の負担とする。

五  この判決の第一項及び第二項は、仮に執行することができる。

理由

【事実及び理由】

第一  請求

一  被告は、原告甲野太郎に対し、四六八八万三六九三円及びこれに対する平成三年四月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告甲野花子に対し、四六八八万三六九三円及びこれに対する平成三年四月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要及び争点の摘示

一  事案の概要

本件は、白河市立白河中央中学校(以下「中央中学」という。)の一年生であった甲野一郎(以下「一郎」という。)が、平成三年四月二三日、体育授業中に心臓と呼吸が停止するなどし、救急車により病院に収用され、一時蘇生したが、結局、意識が戻らないまま死亡したことについて、遺族である原告らが同中学校の設置者である被告白河市に対し、国家賠償法一条ないしは債務不履行に基づく責任を求めて損害賠償を請求した事案である。

二  争いのない事実

1 当事者

一郎は、平成三年四月二三日当時、中央中学一年二組に在籍していた生徒であり、原告らは一郎の父母で相続人である。

被告は、中央中学を設置し、同中学に勤務する教職員を使用する者である。

2 本件事故

(一) 一郎は、平成三年四月二三日、中央中学の校庭で乙山松夫教諭の担当する体育授業を受けていた。なお、乙山教諭は福島大学教育学部で体育を専攻し、同月一日に中央中学に着任していた。

(二) 同授業は、一〇〇メートル走行のタイム測定を目的とし、校舎前において校舎に並行して設けられた一〇〇メートルのコースを乙山教諭の指示に従って、二人ずつ一組になって、順次、校舎の両端の辺りをスタートし、校舎の東端近くに設けられたゴールまで走り、その所要時間をタイムウォッチで測定するというものであった。なお、走行した生徒は、所要時間を測定した乙山教諭の読み上げに従い、各自の所要時間を乙山教諭のすぐ後ろに設置したタイム記録表に記入した後、待機していた。一郎は、一四組目にスタートし、一〇〇メートル走を終えていた。そして、乙山教諭は最終組の走行途中まで計時を続行していたが、生徒から一郎の急を告げる報告を受け、一郎のところへ行き、同人がグランド上に仰向けに倒れて失神している状況を認め、さらに心臓と呼吸が停止し、瞳孔も散大していると判断したことから、同じ校庭で体育授業をしていた丙川教諭を生徒に呼ばせて救急車の手配を含む援助を求め、自らは人工呼吸をし、また駆けつけた丁原教諭において心臓マッサージを行ったが一郎は蘇生するに至らなかった。その後同日午前一〇時八分になって、一一九番通報がなされ同一〇時一二分に到着した救急車により一郎は白河厚生総合病院に収用され、一時蘇生したが、結局、意識が戻らないまま同月二七日に急性心不全により死亡するに至った。

三  原告の主張

1 本件事故の事実経過

(一) 平成三年四月二三日の本件事故当日、一郎は、午前九時五四分ころ、一四組目に一〇〇メートルを走り終り、その約一分後に予め指示された待機場所と異なるゴール先周辺の砂場付近で他の生徒とたむろして待機していたところ、後方から同級生一名が右腕を一郎の首に回して絞めた。そのため一郎は同九時五五分ころ、失神してその場に倒れた。ところが、これを見た周辺の生徒たち数名は、失神している一郎を取り囲み、なおも胸の上に乗って踏みつけたり、鼻や口を塞ぐ、つまむ、頬を叩く、砂をかけるなどの暴行を約五分間にわたって繰り返した。そのために一郎は苦悶の上失禁するに及んだ。なお、乙山教諭は同九時五六分ころ、生徒の喧騒に対し、「うるさい静かにしろ。」と口頭で注意したのみであった。さらにそのころ、別の生徒の一人が「甲野君の様子がおかしい。」と乙山教諭に注進したにもかかわらず、乙山教諭は取り合わずに最終組である二二組目の走行途中まで計時を続行した。

(二) その後、乙山教諭は、生徒から一郎の急を告げる報告を受け、同日午前一〇時ころ、一郎のところへ行き、同人がグランド上に仰向けに倒れて失神している状況を認識し、さらに心臓と呼吸が停止し、瞳孔も散大している旨判断したことから、同じ校庭で授業をしていた丙川教諭を生徒に呼ばせて救急車の手配を含む援助を求め、自らは気道確保をしないまま人工呼吸をし、また駆けつけた丁原教諭において心臓マッサージを行ったが一郎は蘇生するに至らなかった。

他方、丙川教諭は養護室の戊田教諭に救急車の手配を依頼したが、同教諭は右手配をせず、現場に駆けつけた他教諭(丙川、丁原、甲田)らと事態を見守るだけで、直ちに救急車の手配をしなかった。

その後同一〇時八分になって、ようやく一一九番通報がなされ同一〇時一二分に到着した救急車により一郎は白河厚生総合病院に収用されたが、既に心停止、呼吸停止、瞳孔散大、全身に顕著なチアノーゼを呈する状態に陥っており、結局、一郎は意識が戻らないまま平成三年四月二七日に急性心不全により死亡するに至った。

2 被告の過失(安全配慮義務違反)

本件事故は、乙山教諭、乙野竹夫校長及び中央中学教諭らの生徒の安全を確保すべき義務を懈怠した職務遂行上の過失によって惹起されたものである。

すなわち、

(一) 心身ともに未熟な発達段階にある生徒が集団で生活する場としての学校で展開される教育活動は、常に生命身体に対する危険をはらんでおり、学校の設置者、学校の管理者、現場で生徒に接する教師は、いずれも教育活動を実施するにあたって生徒の状況をよく把握し、事故が発生しないよう注意し、危険を未然に防止し、かつ不幸にも事故が発生した場合には速やかに適切・最善の方策を尽くすべき義務を負担するものである。

(二) 殊に教師が主宰し、立ち会っている正課授業中においては、生徒は教師の全面的な指導監督の下にあり、これを離れての行動は許されておらず、生徒やその両親も教師の指導監督の下にあることにより安心して一切を託しているものであるから、当該授業を主宰する教師には、児童・生徒間で暴行や喧嘩等により生徒の生命身体に危険が生ぜぬよう、秩序の弛緩を避け、規律を維持することに十分な注意を払い、かつ現実に児童・生徒間での暴行や喧嘩等を疑わせる騒がしい状況が生じた場合には、直ちにその事態を掌握してこれを制止し、秩序を回復せしめて、事故の発生を未然に防止し、事故が発生し、脈拍や呼吸の停止、失禁などの症状が疑われるような場合には一刻を争って救急車の手配等をし、生命損失の大事に至らないようにする注意義務が存する。

(三) また、学校の設置者や管理者においても、平素から施設や生徒の状況を把握し、事故発生の防止及び事故が発生した場合の損害等の拡大防止の措置をとるべく具体的な対策を樹立すべき義務があり、マニュアル作りや講習・訓練等をして右義務を尽くすようにすべきである。

(四) 乙山教諭には、本件事故当時、生徒らを所定の位置に座らせて一〇〇メートル走に注視するよう指示するなどして生徒の行動を監視、掌握する注意義務があった。しかるに乙山教諭は、一〇〇メートル走後はゴール横の同教諭の直ぐ後ろに二列に並んで待機するよう指示したのみで、タイム測定に夢中になり、一〇〇メートル走を走り終えた生徒が右指示を無視して指示とは違ったゴール先方の砂場でたむろし、騒いでいたのを知りながらこれを放置し、至近距離で一郎が暴行を受けていたことを看過して適切な措置をとらず、一郎が失神した後も生徒に対し「うるさい静かにしろ。」と注意したにとどめ、あるいは一郎の様子の変化を告げる生徒に取り合わず、一郎に対する右暴行を阻止せずにそのまま約五分間測定を続け、最終の走行者の測定中に生徒から急を告げる報告を受けてようやく事故を認識し、一郎の死亡の結果を惹起したものであって、監督義務を怠った。

(五) さらに乙山教諭は、生徒からの急報を受けた後、一郎が脈拍、心停止、呼吸停止、失禁等の状況にあることを認識し、体育教師として一刻を争う状況にあり、直ちに専門病院に収容すべきことを認識していながら前記義務に反して、適切な人工呼吸をせず、直ちに救急車を手配することもせず、発見から救急車の発動要請までの約八分間を無駄に費やし、救命の機会を逸した。

(六) 丁原、丙川、甲田、戊田の各教諭は、一郎が意識を失い、失禁している事態を認識したのであるから、適切な人工呼吸を施すべく乙山教諭に注意を促し、もしくは自らこれを試み、あるいは直ちに救急車の要請を行うべきであったのにこれを怠り、救命の機会を逸した。

(七) さらに、中央中学及びその周辺の小中学校において、本件事故当時、児童・生徒間で失神遊びという児童・生徒の生命を失わせる恐れのある遊びがはやっており、周辺の学校においては教師においても広く認識されていた。したがって、中央中学の校長においてもこれらの情報を集め、失神遊び等の情報を教職員に周知徹底し、かつ、生徒に対しても失神遊び等の危険を周知徹底させて、禁止するなどの事故防止措置をとり、さらには授業における秩序維持、緊急事態に即応する方法と態勢について適切な指導や態勢の整備を行うなど具体的な対応をすべき安全配慮義務があったにも関わらず、これを怠り、中央中学に着任したばかりで、経験が浅く当地の実情についての知識に乏しかった乙山教諭に特別の指示をすることもなく漫然と学校の管理を行い、本件事故を惹起せしめた。また異常事態の発生に即応して、人工呼吸のほか、直ちに救急車の発動を要請すべきであったにもかかわらず、これを怠り、救急車の要請に数分を要して救命の機会を逸した。

3 損害

本件事故により原告らが相続し、あるいは被った損害の額は以下のとおりである。(原告ら合計一億〇八一二万二〇二二円)

(一) 治療費 三七万二〇五〇円

一郎が白河厚生総合病院に平成三年四月二三日から同月二七日までの間入院したことにより生じたもの。

(二) 付添費 二万五〇〇〇円

一郎が死亡するまでの五日間の入院期間中、同人が心臓停止するなどの状態であったことから原告らが交代で付き添ったことによるもので、一日五〇〇〇円として計算したもの。

(三) 雑費 六〇〇〇円

一郎が死亡するまでの五日間の入院期間中一日一二〇〇円の割合の雑費支出。

(四) 葬儀費用 一二〇万円

内訳

葬儀社への支払 八二万二一四三円

寺院への支払 三〇万円

雑費 七万七八五七円

(五) 逸失利益 七四二八万八四四三円

一郎は事故当時健康な一二歳であり、一八歳より就業し、六七歳まで就労可能として、その間の賃金センサス平成二年第一巻第一表の男子労働者学歴計の年収額五〇六万八六〇〇円を基礎に計算した額の収入を得られたと推認し、その間の生活費控除の割合を三〇パーセントとし、新ホフマン式計算方法(係数二〇・九三八)として計算した額

(六) 慰謝料 二〇〇〇万円

本人固有の慰謝料 一〇〇〇万円

予備的に二〇〇〇万円

本件では、学校が安全な場所であるとの信頼が裏切られたこと、突然首を絞められ失神させられたうえ苦悶するなかでさらに生徒らにいたずらされているのに看過されて死亡したこと、被告の過失の態様、本件事故後の学校、白河市の対応が責任逃れに終始してきた等の事情があり、慰謝料は二〇〇〇万円を下らない。そこで主位的には一郎固有の慰謝料を一〇〇〇万円とするが後記原告ら固有の慰謝料との合計額が二〇〇〇万円を下るときは、二〇〇〇万円に満つるまで一郎の慰謝料を予備的に請求する。

原告両名の慰謝料 各五〇〇万円

(七) 弁護士費用 一二二三万〇五二九円

原告らが報酬として原告代理人に支払を約束した金額にして前記(一)ないし(六)の合計金額から損益相殺額(合計一四三五万四六三五円)を控除した金額の一五パーセントである。そして、本件訴訟は原告らが独力で遂行できないこと、訴訟遂行に時間、費用を要していることに鑑み右金額が相当である。

なお、前記(一)ないし(四)及び(七)の損害は原告らが折半して負担するものである。したがって、原告一人当たりの損害合計額は、五四〇六万一〇一一円となる。

4 よって、原告ら各自は、被告に対し、国家賠償法一条又は債務不履行に基づく損害賠償として、損益相殺額を控除した四六八八万三六九三円及びこれに対する、国家賠償については一郎が死亡した日の翌日である平成三年四月二八日から支払済みまで、債務不履行については訴状送達の日の翌日である平成四年一〇月九日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

四  被告の主張

1 本件事故の事実経過

本件事故の際の第二校時の体育授業は、授業計画によれば、ウォームアップ一〇分、課題の確認三分、スタートの練習一二分、一〇〇メートル走一五分、整理運動五分の合計四五分間であった。第二校時の授業開始は午前九時二五分であるから、予定どおりであれば、一〇〇メートル走の開始は午前九時五〇分である。一五分間の内に二二組のタイム測定を行うので、各組のスタートから次の組までのスタートまでの平均所要時間は、四〇・九秒となる。一郎は一四番目の組であるから一郎のスタートは午前九時五八分五一秒ころである。一郎は一〇〇メートルを一五秒七で走行したので、走り終えたのは午前九時五九分七秒ころとなる。一郎はその後自分のタイムを記録用紙に記入している。乙山教諭によれば、当日の授業は二、三分遅れて開始したとのことであり、乙山教諭が生徒から一郎の異常を知らされたのは、最終組の二二組目の生徒がスタートしてゴールする前であったとのことである。そうすると、一〇〇メートル走の開始は午前九時五二分ころとなり、終了時は午前一〇時七分ころとなるから、乙山教諭が異常を知ったのは午前一〇時六分三〇秒ころとなる。

よって、一郎に異変が生じたのは、一郎が一〇〇メートル走を終えて記録をつけた午前一〇時二、三分ころから、乙山教諭が異常を知った午前一〇時六、七分ころまでの間である。

その後午前一〇時八分になって、一一九番通報がなされ同一〇時一二分に救急車が到着し、白河厚生総合病院に午前一〇時一五分に到着した。

2 一郎の容態

乙山教諭が、生徒から報告を受け一郎のところへ行ったときには、同人は地面に仰向けに倒れており、顔色は青ざめて動かず、心臓と呼吸が停止し、瞳孔も散大していた。乙山教諭は、直ちに人工呼吸をし、また駆けつけた丁原教諭において心臓マッサージを行ったが、一郎には何らの変化も起きなかった。この時点で一郎は心臓と呼吸停止、瞳孔散大という死の三徴候を示していた。

救急車に収容後の一郎は、意識レベル三〇〇、呼吸感ぜず、脈拍触れずという容態であった。

白河厚生総合病院に入院時の一郎は、心停止、呼吸停止、瞳孔散大、対光反射なく、全身に著しいチアノーゼがあった。意識レベルは[3]の三〇〇。

午前一〇時三五分ころ、心拍再開、人工呼吸器に接続したが、意識の回復はなく、一旦回復した対光反射も四月二五日朝には認められなくなり、同日午後には自発呼吸も消失、いわゆる脳死状態となり、四月二七日午後九時八分永眠、死因は急性心不全である。

3 一郎の死因

趙医師によれば、頚部等の体の表面には外傷はなく、突然死であり内因性の急死で、急性心筋梗塞の疑いがあったとのことである。同級生たちの供述によれば、一郎は崩れるように倒れ、失禁もしていたとのことであるので、何らかの心臓発作による突然死と考えるのが合理的である。児童・生徒の突然死の多くは、心疾患に起因する心臓系突然死であるが、基礎的疾患が指摘されない原因不明の場合も少なくない。

4 被告の過失及び安全配慮義務について

中央中学の教諭らに一般的な生徒の安全配慮義務が存することは認める。

(一) しかし、担当教師に過失が認められるためには、まず、危険な結果の発生が教師に予測可能でなければならない。入学間もない中学一年生が、体育の授業中、一〇〇メートル走を終えて待機している間に首絞め等のふざけを行い、その結果、心停止や呼吸停止という重篤な事態に至ることを予測することは、いかに教師といえども不可能である。

乙山教諭は、待機中の生徒達が整然としていなかったので一度は注意を与えている。ふざけ合いの結果死に至るような行為を行うであろうことを予測することは不可能である。入学後、一か月にもならないのであるから、教師側でも生徒のふざけ合いやいたずらの程度については把握できない状況にあった。

一郎の死亡原因が突然死であるとすれば、学校側としては一郎の心臓疾患等の異常については全く予測できなかった。

(二) さらに、担当教師は、一郎の本件死亡事故を回避することはできなかった。

本件事故が同級生の首絞めによって失神したことにより生じたものであるとしても、同級生による首絞めは突発的に行われたもので、その結果の心臓及び呼吸の停止は急激に発生している。これを乙山教諭が中止させることは不可能であった。

また、一郎の死亡原因が突然死であったとすれば、これまた乙山教諭としては、事前ないし途中でこれを発見し死を防止することは不可能である。

前記のとおり、乙山教諭が異常を知ったのは午前一〇時六、七分であるが、乙山教諭と丁原教諭が直ちに人工呼吸と心臓マッサージを施したが、蘇生せず、既に死亡の三徴候が表われていた。学校の通報から病院搬送まで一七分(七分の誤記と思われる。)かかっている。脳は低酸素に弱く三ないし五分で不可逆性変化に陥るから、心停止後三ないし五分以内に脳循環を再開させないと蘇生の可能性は著しく低下するといわれている。仮に一郎の心停止直後に一一九番通報がなされたとしても病院への搬送が一七分かかるのであるから、一郎の脳死を避けることは不可能である。

救急車の手配についても、一郎の異変を知らされて一、二分で一一九番通報しており、決して遅くはない。養護教諭である戊田がすぐに通報せず一郎の容態を確認してから通報したことは当然である。

以上によれば、本件事故は、予測も回避も不可能であり、学校側には過失はない。

(三) 原告らは、校長の安全配慮に関する管理義務として、失神遊びについての対策を主張する。しかし、当時失神遊びの事実はなかったのであり、そのような状況下で学校にその対策を講ずべき義務はない。

(四) 学校では事故の発生に際し、予め応急処置連絡体制をとっており、乙山教諭、校長及び同僚教諭らは一郎の異常事態を知るや直ちに万全の処置を講じており、何ら安全配慮義務に違反したところはない。

また、乙山教諭は被告の安全配慮義務に関してはその履行補助者に当たらない。

(五) 本件事故において、学校側の救急車要請の体制及び本件事故における救急車要請の実態については義務違反及び過失はない。

五  争点

1 本件事故の内容

(一) 本件事故の事実経過

(二) 一郎の死因

2 被告の責任

3 損害

第三  争点に対する判断

一  本件事故の内容(本件事故の事実経過と一郎の死因)

1 当裁判所が認定した事実

争いのない事実と《証拠略》を総合すれば、以下の事実が認められる。

(一) 一郎は、平成三年四月二三日、中央中学の第二校時(午前九時二五分から一〇時一〇分まで)に乙山教諭による一〇〇メートル走行のタイム測定を目的とした体育授業を受けていた。一郎は、同日午前九時五三、四分ころ、一四組目に一〇〇メートルの走行を終了し、乙山教諭に告げられた自己の記録を自ら記録用紙に記載した。その後、一郎はゴール先周辺で乙山教諭から至近の地点においてたむろしていた他の生徒とともに待機しようとしていた。当時一〇〇メートル走を終えた生徒らの多くは、乙山教諭の指示した地点と無関係に雑然と散在し、私語を交わし騒がしい状態であった。同九時五五分ころ、同級生の一名が一郎の首を後方から右腕を回して絞めた。そのため一郎は失神し、後ろにのけぞるように倒れた。ところが、一郎がグランドに仰向けに倒れているのを見た周辺の生徒達のうち数名は、倒れた一郎を取り囲み、胸や腹の上に馬乗りになって体重をかけたり、瞼をさわったり、鼻や口を塞ぐ、つまむ、頬を叩く、砂をかける、足を引っ張るなどの行為をした。その間に一郎は失禁していた。

(二) 乙山教諭は、一〇〇メートル走の計測中、計測を終えた生徒らが予め指示した場所に整列せず、同教諭の計測地点から至近のゴール付近に雑然と散在してたむろし、騒がしい状態にあったことを認識し、「うるさい静かにしろ。」などと口頭で注意したものの、整列させて待機させることなく計測を続けていた。このような状態の下で、一郎に対する首絞め等の行為が行われたものであるが、乙山教諭は一郎が同級生から右暴行を受けていることを全く認知せず、事態の重大性を認識しないまま、一郎の走行後八組目となる最終組の生徒の走行途中まで計測を続行していた。

(三) そして、乙山教諭は、一郎が倒れて約五分間を経過した同一〇時ころ、生徒から一郎の急を告げる報告を受けて初めて一郎が倒れた地点(以下「本件事故現場又は単に現場」という。)へ行き、一郎がグランド上に仰向けに倒れて失神し、心臓及び呼吸が停止し、瞳孔も散大していることを認め、同じ校庭で体育授業をしていた丙川春子教諭を生徒に呼ばせて同教諭に対し援助を求めるとともに、自らは一郎に対し人工呼吸を施した。また、そのころ、駆けつけた丁原梅夫教諭において心臓マッサージを行ったが、一郎は、その段階では蘇生するに至らなかった。

(四) その後、丙川教諭は本件事故現場から保健室に行き、養護教諭の戊田夏子に急を告げたが、戊田教諭も現場に駆けつけて、一郎の重篤な様子を碓認してから職員室に戻り、救急車の要請を求めたところ、丙山春夫教諭が同一〇時八分ころ一一九番通報した。その後、救急車が同一〇時一二分ころ中央中学に到着し、意識レベル三〇〇(昏睡状態のうち何らの反応も示さない最も重篤な状態、通常脳死状態を指す。)、呼吸感ぜず、脈拍触れずの状態であった一郎を搬出し、同一〇時一五分白河厚生総合病院に搬入したが、その時の一郎の所見は、心停止、呼吸停止、瞳孔散大、対光反射なく、全身にチアノーゼを認めるという極めて重篤な状態であった。一郎は、趙達来医師らの救命措置により一旦は蘇生し、心機能が回復したものの、意識が回復することなく、同月二七日午後九時八分ころ死亡した。趙医師は、一郎の死因につき、疾患を特定できず、突然死と考え、急性心不全と診断した。

2 事実認定の補足説明

(一) 本件事故の時刻及び時間経過について

まず、一郎が失神した時刻及びその後乙山教諭が異常事態に気づくまでの所要時間等について検討する。

一郎が一四組目に一〇〇メートル走を終えて待機し、その後、二二組目がスタートし、その計測途中まで、乙山教諭が一郎の異常に気付かなかったことは、前記のとおりである。そして、乙山教諭が一郎のところへ駆けつけた際、一郎は既に心停止・呼吸停止、瞳孔散大して失禁という重篤な状態にあったというのであるから、一郎が呼吸ないし心停止になってから既にある程度の時間が経過していたと推認される。

この点につき、証人丁川は、一郎が倒れてから乙山教諭が来るまでに五分ないし一〇分を要した旨証言する。

当初の授業予定でも一〇〇メートル走の予定時間は一五分、一組あたりの所要時間は、平均四〇・九秒であり、一郎が一四組目で走行後最終前の二一組目までで二八六・三秒、さらに最終組の途中として一〇秒加算すると、四分五六・三秒となる。また、原告らが本件事故の翌年中央中学の一〇〇メートル走行の一組あたりの平均所要時間を観察し、平均約五九秒と報告している。

これらの事実によれば、一郎が一〇〇メートル走行後失神し、乙山教諭が生徒からの通報により一郎の異常事態に気付くまでに約五分を経過していたものと推認でき、右丁川証言及び原告らの生徒からの聴取結果にも符合する。

被告は、一郎が一〇〇メートル走行を終えたのは午前一〇時二、三分ころ、乙山教諭が異常を知ったのは同一〇時六分三〇秒ころであり、一郎に異変が生じたのは、同一〇時二、三分ころから同一〇時六、七分ころまでの間である旨主張する。

しかし、被告主張の時刻の根拠は、授業開始が二、三分遅れたという乙山教諭の証言を基に、午前九時二七、八分から授業が始まり、授業計画上の一〇〇メートル走に先立つ、ウォームアップ・課題の確認・スタートの練習・一〇〇メートル走行の各組の所要時間が寸分違わず予定通り正確に進行していたことを前提にした立論であるに過ぎず、容観的に正確な時刻を反映しているものとは認めがたい。

本件事故で正確に確認できる時刻は一一九番通報がなされた午前一〇時八分であるが、被告主張のように乙山教諭が異常を知ったのが午前一〇時六分三〇秒ころとすると、その後、前記認定のように、乙山教諭が一郎が倒れた現場に行き一郎の重篤な様子を確認し人工呼吸を施すとともに、生徒に丙川教諭を呼ばせ、現場に来た丙川教諭が現場から保健室に行って戊田教諭に連絡し、戊田教諭も現場に駆けつけて、一郎の重篤な様子を確認してから再び職員室に戻り、救急車の要請を求め、それに応じて丙山教諭が一一九番通報したことになるが、約一分三〇秒間の短い間にそのような様々な事実経過があったとは認めがたく、本件事故の時刻に関する被告の主張は採用できない。

以上により、救急車到着時刻、救急車要請までの経過時間、乙山教諭が異常事態に気づくまでの所要時間等を基に前記当裁判所の認定事実に掲記した関係証拠を総合して検討すると、本件事故の時刻及び時間的経過については、前記認定のとおりであると推認するのが相当である。

(二) 一郎の死因について

(1) 内因死を疑わせる証拠(被告の主張に沿う証拠)

《証拠略》によれば、<1>一郎は、小学校五年生時に一回運動後に顔面が蒼白となり、一瞬気が遠くなったことがあったこと、<2>一郎には、事故前日の心電図検査において洞性不整脈が認められ、不整脈のなかには心停止に移行する危険のある不整脈が存すること、<3>本件事故後、一郎が搬入された白河厚生総合病院で一郎の救命措置にあたった趙医師は、一郎の死亡直後、一郎の死因を急性心不全による病死と診断したことが認められる。

また、証人趙達来の証言によると、<4>趙医師が一郎に対して救命措置を講じた際、趙医師や看護婦らは一郎の外観に異常を認めず、<5>外因による心停止(呼吸も同時的に停止しうる)の場合として頚動脈洞や眼球を圧迫した場合の心停止が考えられるところ、これは心臓の活動が活発な頻脈状態よりは徐脈状態の方が惹起しやすい、<6>ただ、頚動脈洞の圧迫は、一定の知識や技術が必要であり、中学生が頚動脈洞を意識して圧迫することは困難であるという。

以上は、一郎の死が内因による突然死(病死)の可能性をうかがわせる。

(2) 死因についての検討

ア 《証拠略》によれば、<1>一郎は、小学生時代、陸上部に所属し県大会に代表として出場したり、スキー選手として市の大会で一位となったりして活躍するなど運動を得意とし、平均以上の体力、運動能力を有し、アトピー性皮膚炎のほか特に既往症等がなく、健康と位置付けられる少年であったこと、<2>一郎は、本件事故当日の体育授業開始後、グランドを二周(計四〇〇メートル)ジョギングした後、準備運動をし、さらに二〇メートルから五〇メートルの距離にかけてのスタートダッシュを三回、一〇メートルないし二〇メートルのスタートダッシュをした後、一〇〇メートルを軽く走り、最後に、一〇〇メートル走の計測を一四組目に開始しており、比較的安定した状態下で一〇〇メートル走の計測に臨んだものとみられること、<3>また、本件事故が発生した体育授業開始時から一〇〇メートル走を終え、乙山教諭から記録を聞いて記載するまでの間の一郎の身体に異常が生じた形跡がないことが認められる。

イ 《証拠略》によれば、一郎の救命措置を担当した趙医師は、一郎の心停止前の心電図や本件事故後入院し、心機能が回復した後の一郎の心電図や心エコーに格別の異常を認めず、弁膜疾患や心奇形、冠状動脈瘤など特定の疾患が原因とは診断しなかった上に、一郎には基礎疾患がなく、入院後の検査や経過でも疾患を特定できなかったこと、担当教師から運動中の事故と聞いたことなどから、結局、突然死の原因としてあげられる急性心不全を一郎の死因としてカルテに記載せざるを得なかったことが認められる(なお、甲一二号証<枝番含む>中には一郎の死因として心筋梗塞の疑いが指摘されているが、趙証言によれば、これはあくまで心電図上の疑いに過ぎず、心停止が先行したことによる心電図上の現症歴とも考えられるため、心筋梗塞があったとは判断しえないことが認められる。)。

趙証言によれば、《証拠略》における診断は、あくまでも首絞めによる頚動脈圧迫等という外因の存在の可能性を考慮に入れていない場合のものであって、右のような外因が存在する場合には、別の結論となりうることを示唆しているのであるから、《証拠略》によって一郎の死因を内因死とするのは早計である。

ウ 前記のとおり、<1>一郎は、小学校五年生時に一回運動後に顔面が蒼白となり、一瞬気が遠くなったことがあったこと、<2>事故前日の心電図検査では洞性不整脈があったことが認められるので、これらの事実と一郎の死因との関係を考察する。

まず、右<1>については、証人関元行の証言によると、この症状につき、失神や卒倒を伴っていないことからアダムス・ストークス症候群(同疾患は心臓性の失神発作)ではなく、起立性の低血圧や自律神経の作用による一過性の低血圧状態になったに過ぎないことが認められる。

次に、右<2>については、《証拠略》によると、本件事故前日の一郎の心電図検査で認められた一郎の洞性不整脈は、その波形から呼吸という生理作用を原因とする無害で治療を要しない呼吸性不整脈であると認められ、これを一郎の死因と結びつけることは困難である。

その他にも、《証拠略》によれば、一郎の生活歴(基礎的疾患のない健康体で、小学生時代からスポーツが得意で陸上の学校代表選手となったり、スキーが得意で一キロや二キロの滑降は平気であり、これまでに心臓病に由来するエピソードも存しなかったこと)や心筋障害、血管障害等の疾患や治療歴がうかがわれないこと等から、一郎が本件事故により呼吸停止、心停止、瞳孔散大、失禁等を惹起するような内因(心停止に移行する危険のある致死的な不整脈等)を考え難いことが認められる。

しかも、《証拠略》によれば、学校現場における突然死は、一〇〇万人あたり四人ないし五人の割合(〇・〇〇〇四ないし〇・〇〇〇五パーセント)であって、そのうち事故時まで健康とみなされていたものはさらに半減した割合になることが認められる。

エ 以上によると、一郎の死因を内因死(病死)とすることには重大な疑義を挟まざるを得ない。

(三) 一郎に対する同級生による首絞め行為等の有無

(1) 丁川証言の内容とその信用性

証人丁川二郎は、本件事故当時一郎と同じく乙山教諭の体育授業を受けていた生徒であるが、「一〇〇メートルを走り終えた生徒らは、同教諭の指示に従わず、整列しないまま、校庭の砂場あたりでたむろし、騒がしい状態であったが、誰か分からないが、同級生の一人が一郎の首を後ろから絞め、一郎が失神して倒れた後も、一郎が同級生らに腹に乗られたり、鼻をつままれたりする暴行を受けたが、乙山教諭は、それに気付かず、一郎が倒れてから五分ないし一〇分後に一郎のもとに来た。」旨明確に証言している。

右丁川証言の信用性につき検討するに、同証人は、原告らとは特別な交際もなく、現在中央中学を卒業した中立的な立場にある証人であると考えられる。同証人は、記憶の有無を明碓にしつつ、一郎が暴行を受けた際の状況については相当具体的に証言しており、証言するに至ったのも、本件事故がこれまで経験したことのない異例なものであったことや一郎が同級生であったことを理由とするが、あえて同級生の犯罪行為に問擬される可能性のある行為を証言するに至ったこと、原告ら(原告代理人を含む)の一郎の同級生らに対する聞き取りの結果と基本的事実関係において大きく齟齬する点を見い出せないこと等に照らすと、右丁川証言は、十分信用することができる。

なお、同証人は、首を絞めたのは誰であるか分からない旨一部曖昧な証言をするが、これは、仮に同証人が一郎の首を絞めた相手が誰であるかを覚えていたとしても、中学時代の同級生の犯罪行為とも言える事実を名前を告げてまでも証言することを避けようとしたものとして理解できないことではないのであって、首絞めの事実が存在しないのにもかかわらず、それが存在したと偽証するだけの特段の事情も認められないのであるから、首絞めをした同級生を特定し得なかったことをもって、丁川証言を信用できないとすることはできない。

(2) 首絞め等の暴行の有無

そこで、右丁川証言を基本にして、原告らによる一郎の同級生らに対する聞き取り調査結果を加味して総合すれば、同級生の一名が一郎の首を後方から右腕を回して絞めたこと、失神し倒れた一郎を見て近くに寄ってきた周辺の生徒達のうち数名が、一郎がふざけて死んだふりをしていると思った可能性もあるが、いずれにしても一郎を取り囲み、なおも胸や腹の上に馬乗りになって体重をかけたり、瞼をさわったり、鼻や口を塞ぐ、つまむ、頬を叩く、砂をかける、足を引っ張るなどの行為を繰り返していたことを認めることができる。

(3) 右認定に反する生徒らの本件事故に関する報告、回答等を内容とする証拠の信用性

ア 乙山教諭は、平成三年五月七日、原告らに対し、本件事故当時一郎と一緒に体育授業を受けていた生徒から、一郎が一〇〇メートル走を終えて生徒らのいるところに来た際、元気な顔をしながら崩れるようにして倒れた旨聞いたと話すとともに、その証人尋問においては、生徒から聞いた一郎の倒れた時の体勢につき、具体的に証言している。

しかしながら、甲二九号証の二は、一方で元気な顔をしつつ他方で倒れたという不自然な内容を含むものである上、何の前触れもなく一郎が倒れて失神し、失禁や心停止、呼吸停止様の状態に至れば、直ちに生徒らから教師に緊急事態を告げてしかるべきであるにもかかわらず、付近にいた生徒が約五分間にわたって教諭に対し緊急事態の発生の連絡をしなかったこと自体不自然である。むしろ、約五分間にわたって倒れた一郎を放置したこと自体が、生徒らによる一郎に対する暴行又はいたずら等の特殊事情の存在をうかがわせるものであることを考慮すると、乙山教諭に一郎が倒れた状況を伝えた生徒の伝言自体虚偽である可能性が高い。

イ 《証拠略》によれば、平成三年五月一一日、学校が当時の一年一組及び二組の生徒に対し、一郎が倒れた時の状況についてアンケート調査を実施し、その結果、一郎が崩れるように倒れたことや倒れた後のいたずらの記載はあったものの、生徒らによる一郎に対する首絞め等の存在をうかがわせる記載はなかったことが認められる。

しかし、《証拠略》によれば、本件事故後、戊原教諭が事実関係について少年らに尋ね、あるいはアンケート調査した際、生徒らに対し、一郎の死亡について、「この間も言ったように、倒れてから何かした事を調べるのでもなく、また何かしたとしてもそれは責める訳には行かないことには変わりはありません。突然倒れたら、誰でも冗談だと思うし、戊原先生だってそう思うだろうし、そのことにまったく罪はない。」旨申し向け、突然倒れたことを最初から前提としているとともに、アンケートに漫画等を書くことを許容する発言をして生徒から聴取等を行っていることが認められる。

そして、アンケートの対象生徒の年齢、精神状態、殊に右アンケートの実施が体育授業中に同級生が死亡したという重大かつ特異な体験をしてからさほど日時が経過していない時期に実施され、生徒らの間で動揺が残っていたとしても不思議ではないこと、アンケートの実施方法や教師らの事実解明に対する意欲が積極的とは認められないこと等からすると、生徒らにおいて、ありのままの事実を積極的に開示せず、事実を隠したり、虚偽の事実を記載したり、曖昧な表現や不真面目な表現をすることも十分考えられるところである。そうすると、右アンケート結果によって、首絞め等の事実の存在を否定することはできない。

(4) 医学的所見との関係

ア 趙証言によると、救急措置を講じる際に、一郎の外観に異常を認めなかったとするので、首絞め事実の認定と趙医師が一郎の外傷を発見しなかったこととの関係につき考察する。

《証拠略》によれば、突然の心停止を惹起する外因的事実としては絞扼による気道閉鎖のほか眼球や頚動脈洞を圧迫した場合が挙げられるところ、後二者の場合は圧迫した痕跡を残さずに心停止を惹起する十分な可能性があること、短時間で首を絞められた場合、小さな鬱血斑しか現出しないが、趙医師は、右鬱血斑の確認まではしていない上、関医師は、本件事故当夜趙医師と一郎の状態について話した際、趙医師から一郎の首のところがいくらか黒いように思うがどう考えるかを尋ねられたが、一郎がアトピー性皮膚炎であったことから黒いのではないかと答え、以後そのことが問題とされることはなかったことが認められ、趙医師が一旦一郎の首の痕跡に気付きながらも、一郎が体育の授業中一〇〇メートル走をした直後に突然倒れた旨の情報を得ていたために、首絞めなどの外因を念頭におかず、さらに関証言と相まって首や外観に対して大きな関心をもつことなく、そのために外観の異常を看過し、あるいは記憶に残らなかった可能性も考えられる。

したがって、一郎の外観に異常を認めなかった旨の趙証言があるとしても、首絞め等の外因的事実を認定する妨げにはならない。

イ また、趙証言によると、頚動脈洞の圧迫は、一定の知識や技術が必要であり、中学生が頚動脈洞を意識して圧迫をすることは困難であるという。

他方、趙証言によると、右頚動脈洞の圧迫は柔道の絞め技で用いられるのと同種のものであるというのであるから、その手法は必ずしも秘術に属するものではなく、また施術の困難なものではなく、首を絞めた場合に偶然的にも起こりうるものであることが認められるので、いたずらによる首絞め行為によっても、頚動脈洞の圧迫の可能性があるものと考えられる。

なお、《証拠略》によれば、本件発生当時中央中学を含む白河市内の小中学校の生徒の一部で、首や胸に圧迫を加えて失神させ、その後頬を張ったり、つねるなどして正気を取り戻させるいわゆる失神遊びが一時はやっていたことがうかがわれ、生徒の一部に柔道の絞め技に相当する行為を経験するか見聞していた者がいたことも推認できないわけではない。

(四) 首絞め行為等と一郎死亡の因果関係

本件事故後、一郎の死因究明のための解剖が行われていなかったため、医学的に正確な死亡原因を確定するのは困難であるが、以上検討したところを総合すると、首絞め行為等の暴行の外に、一郎の死因となりうる原因が本件証拠上考えられないのであるから、同級生の首絞め等の暴行という外因により一郎が死亡するに至ったと認めるのが相当である。

二  被告の責任

1 被告の責任について、原告は国家賠償法上の責任と債務不履行責任を選択的に主張する。

ところで、市立中学校における教育活動は、国家賠償法上の公権力の行使に該当し、かつ、本件事故の際の体育授業の実施に当たった乙山教諭は被告の使用者で公権力の行使に当たる公務員であるから、被告としては、右授業の実施に際し、乙山教諭に違法行為があるときは、国家賠償法上の責任を負うべきである。

そして、被告が一般的な意味での生徒の安全に配慮すべき注意義務を負っていることについては当事者間に争いがないので、以下、本件における被告の過失(具体的な注意義務違反)の有無について検討する。

2(一) 中学校は、多様な成長途上にある生徒が集団的に学習活動を遂行する場であって、常に種々の危険を内在しているところ、被告は、市立中学に在学する生徒に対し、学校教育の場において、その生命身体等を危険から保護するための措置をとるベき法的義務(安全配慮義務)を負うことはいうまでもない。

特に、体育の授業においては、一般に体力を要し、負荷の高い運動を伴う課題や教室内での授業に比して高度の危険を内在する課題等を、教育上の必要から実施することが許されており、他方、一定の危険の内在するものであっても、義務教育の正課授業においては、生徒はいわば強制的にこれらの授業を受ける立場にあり、その心身の発達程度も未熟であることから、授業を担当する教諭としては、生徒一般の健康状態や体調、運動能力、発達程度等を十分に理解・把握し、それに応じた授業計画を策定、実施することはもとより、正課授業実施中においては、秩序の弛緩を避け、規律を維持して生徒の動静を把握し、生徒の動静にともなう危険を予見して十分な注意を払い、現実に生徒間での暴行や喧嘩、体調不良等を疑わせる状況が生じた場合には、直ちにその事態を掌握して暴行を制止し、あるいは秩序を回復せしめるなど適切な措置をとり、事故の発生を未然に防止できるよう、常に生徒の動静を適切に把握し、危険や重大な結果の発生を回避する高度の注意義務を負っているものと解するのが相当である。

(二) これを本件についてみるに、本件の授業内容である一〇〇メートル走の計測は、生徒をして自己の最大限可能な走行速度を把握、認識せしめるべく行われるもので、生徒には走行により相当の負荷が生じうるものであり、しばしば走行途中、あるいはゴール前後において異変を生じうるものであること、中学生とはいえ、入学間もない未だ心身の未熟な生徒を対象とする授業であり、屋外での授業であることから教室内よりも開放的な気分になる上、一〇〇メートル走の計測後は計測終了による緊張感の弛緩と手持ちぶさたから恣意的な行動に出て、不慮の事故を惹起する危険な行動に及ぶことは通常予測可能である。

したがって、乙山教諭には通常の授業以上に戯れや喧嘩による事故の発生を防止し、あるいは体調不調に陥った生徒を可及的早期に発見することはもとより、もし生徒ら相互間に暴行等の事実があれば直ちにこれを制止するなど適切に対応しうるために、授業に参加する生徒を自己の計測地点付近や視野内に静粛に整列させて待機させ、あるいは失神の上倒れるような不測の事態が発生した場合には班を定めて責任者をして直ちに連絡させるなどして、生徒の監督・管理をすべき高度の注意義務を負担していたというべきである。

(三) しかしながら、乙山教諭は、前記認定のとおり、一〇〇メートル走を終えた生徒がゴール付近に雑然と散在してたむろし、騒がしい状態にあったのに、「うるさい静かにしろ。」などと口頭で注意したにとどまり、それ以上に生徒を整列させて待機させ、規律を維持・回復させるなどの措置をとらず、生徒の動静を適切に把握・監督できない状態のまま計測を続けた。そのために、乙山教諭は、一郎が同級生から暴行を受けていることを全く認知しないまま、最終組の生徒の走行途中まで計測を続行し、その間約五分もの間、一郎が暴行を受けていることを看過し、生徒の知らせを契機として、初めて事態の重大性を認識したのであって、そのために既に一郎はグランド上に仰向けに倒れて失神・失禁し、心臓・呼吸が停止し、瞳孔も散大している旨判断される状態に陥っていたのであるから、この点で乙山教諭には前記注意義務を怠った過失があるといわざるを得ない。

3 以上によると、本件事故は被告の公権力の行使にあたる公務員である乙山教諭がその職務を行うについて生じたものであり、かつ、以上のように、乙山教諭には過失の存在はもとより、右過失行為と一郎死亡との間には因果関係があると認められるのであるから、被告は、国家賠償法一条に基づき本件事故により原告らが相続し、あるいは被った損害を賠償すべき義務がある。

三  原告らの損害

(円未満は最終的に四捨五入で処理)

1 治療費 三七万二〇五〇円

《証拠略》によれば、原告らは、平成三年五月二日、白河厚生総合病院に対して右治療費を負担したことが認められる。原告らは、これを折半により負担した(各一八万六〇二五円)。

2 付添費 二万五〇〇〇円

《証拠略》によれば、一郎は、平成三年四月二三日から同月二七日までの五日間白河厚生総合病院に入院したことが認められ、原告らは一日あたり五〇〇〇円を下らない入院雑費を要したものと認めるのが相当である。原告らは、これを折半により負担した(各一万二五〇〇円)

3 雑費 六〇〇〇円

前記認定のとおり、本件事故により一郎は死亡するまで五日間白河厚生総合病院に入院しており、原告らは、一日あたり一二〇〇円を下らない入院雑費を要したものと認めるのが相当である。原告らは、これを折半により負担した(各三〇〇〇円)。

4 葬儀費用 一二〇万円

《証拠略》によれば、原告らは、葬儀社への支払、寺院への支払、雑費として合計一二〇万円を折半により負担したことが認められる(各六〇万円)。

5 逸失利益 三七九六万〇四八四円

一郎は死亡時一二歳であって、本件事故により死亡しなければ一八歳から六七歳までは稼働可能であり、その間に平成七年版賃金センサス第一巻第一表の産業計・企業規模計・学歴計・男子労働者の平均賃金年額五五九万九八〇〇円を基礎に計算した額の収入を得られたと推認することができる。そして、その間の一郎の生活費割合は五割とみるのが相当であるから、これらを基礎に中間利息をライプニッツ式で控除する方法により一郎の死亡による逸失利益の現価を求めると三七九六万〇四八四円となる(五五九万九八〇〇円×〇・五×(一八・六三三四-五・〇七五六)=三七九六万〇四八四円)。そして、原告らは、これを二分の一ずつ相続した(各一八九八万〇二四二円)。

6 慰謝料 二〇〇〇万円

前記認定のとおり、一郎は、中学での正課授業中に同級生から暴行を受けて突然早世するに至った事案であることなどの諸々の事情を考慮すると、一郎の死亡による慰謝料は一郎固有のものとして一〇〇〇万円を下らず、また原告らについて、各自五〇〇万円を下らないものと認めるのが相当である。原告らは一郎固有の慰謝料を二分の一ずつ相続した。(各一〇〇〇万円)。

7 損益相殺 一四三五万四六三五円

原告らは、社会保険から、平成三年五月二日までに合計二六万〇四三〇円の給付を受け、日本体育学校・健康保健センターから、平成四年一月二三日、合計一四〇九万四二〇五円の補償を受け、その損益相殺合計額が一四三五万四六三五円であることは争いがない。この二分の一ずつ(七一七万七三一七・五円)は原告ら各自の損害合計額から控除されるべきである。

8 弁護士費用 四五〇万円

本件事故と相当因果関係にある原告らの弁護士費用は各自二二五万円、合計四五〇万円と認めるのが相当である。

第四  結語

以上によれば、原告らの本訴請求は、原告ら各自について各二四八五万四四五〇円及びこれらに対する一郎の死亡の日の翌日である平成三年四月二八日から支払済みまで、民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 高橋隆一 裁判官 山田耕司 裁判官 中山誠一)

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